まるで祭礼を見物する人たちでしかなかったような村民の無関心――今また、千百五十余人からの百姓の騒擾《そうじょう》――王政第一の年を迎えて見て、一度ならず二度までも、彼は日ごろの熱い期待を裏切られるようなことにつき当たった。
「新政府の信用も、まだそんなに民間に薄いのか。」
 と考えて、また彼は嘆息した。
 彼に言わせると、これは長い年月、共に共に武家の奉公を忍耐して来た百姓にも似合わないことであった。今は時も艱《かた》い上に、軽いものは笞《むち》、入墨《いれずみ》、追い払い、重いものは永牢《えいろう》、打ち首、獄門、あるいは家族非人入りの厳刑をさえ覚悟してかかった旧時代の百姓|一揆《いっき》のように、それほどの苦痛を受けなければ訴えるに道のない武家専横の世の中ではなくなって来たはずだからである。たとい最下層に働くものたりとも、復興した御代《みよ》の光を待つべき最も大切な時と彼には思われるからである。
 しかし、その時の彼はこんな沈思にのみふけっていられなかった。二人の出入りの百姓を送り出して見ると、留守中に彼を待っている手紙や用件の書類だけでも机の上に堆高《うずだか》いほどである。種々
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