かって来たら、お前たちだってうれしかろうに。あのお武家さまがこの街道へ来てむやみといばった時分のことを考えてごらん、百姓は末の考えもないものだなんて言われてさ、まるで腮《あご》で使う器械のように思われたことも考えてごらんな。お前たちは、刀に手をかけたお武家さまから、毎日追い回されてばかりいたじゃないか。御一新ということになって来た。ようやくこんなところへこぎつけた。それを考えたら、お前たちだってもうれしかろう。」
「そりゃ、うれしいどころじゃない。」
「そうか。お前たちもよろこんでいてくれるのか。」


 その時、半蔵には兼吉の答えることが自分の気持ちを迎えるように聞こえて、その「うれしいどころじゃない」もすこし物足りなかった。兼吉のそばに膝《ひざ》をかき合わせている桑作はまた、言葉もすくない。しかしこの二人は彼の家へ出入りする十三人の中でも指折りの百姓であった。そこで彼はこんな場合に話して置くつもりで、さらに言葉をつづけた。
「そんなら言うが、今は地方《じかた》のものが騒ぎ立てるような、そんな時世じゃないぞ、百姓も、町人も、ほんとに一致してかからなかったら、世の中はどうなろう。もっと
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