では安心しなかった。
「兼吉も、桑作も、囲炉裏ばたの方へ上がってくれ。」
 と半蔵がいつもと同じ調子で言った。
 そこは火の気のない囲炉裏ばただ。平素なら兼吉、桑作共に土足で来て踏ン込《ご》むところであるが、その朝は手ぐいで足をはたいて、二人とも半蔵の前にかしこまった。もとより旧《ふる》い主従のような関係の間柄である。半蔵も物をきいて見るのに遠慮はいらない。留守中の村に不幸なものを出したのは彼の不行き届きからであって、その点は深く恥じ深く悲しむということから始めて、せめておおよその人数だけでも知って置きたい、言えるものなら言って見てもらいたい、そのことを彼は二人の前に切り出した。
「旦那、それはおれの口から言えん。」と兼吉が百姓らしい大きな手を額《ひたい》に当てた。「桑さも、おれも、この事件には同類じゃないが、もう火の消えたあとのようなものだで、これについては一切口外しないようにッて、村中の百姓一同でその申し合わせをしましたわい。」
「いや、そういうことなら、それでいい。おれも村からけが人は出したくない。」と半蔵が言った。「おれが心配するのは、これから先のことだ。こういう新しい時世に向
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