んろく》の峠に続いた道が半蔵らの目の前にあった。草いきれのするその夏山を分け登らなければ、青い木曾川が遠く見えるところまで出られない。秋深く木の実の熟するころにでもなると、幾百幾千の鶫《つぐみ》、※[#「けものへん+臈のつくり」、第3水準1−87−81]子鳥《あとり》、深山鳥《みやま》、その他の小鳥の群れが美濃方面から木曾の森林地帯をさして、夜明け方の空を急ぐのもその十曲峠だ。


 ようやく半蔵らは郷里の西の入り口まで帰り着いた。峠の上の国境に立つ一里塚《いちりづか》の榎《えのき》を左右に見て、新茶屋から荒町《あらまち》へ出た。旅するものはそこにこんもりと茂った鎮守《ちんじゅ》の杜《もり》と、涼しい樹陰《こかげ》に荷をおろして往来《ゆきき》のものを待つ枇杷葉湯《びわようとう》売りなぞを見いだす。
「どれ、氏神さまへもちょっと参詣《さんけい》して。」
 村社|諏訪社《すわしゃ》の神前に無事帰村したことを告げて置いて、やがて半蔵は社頭の鳥居に近い杉《すぎ》切り株の上に息をついた。暑い峠道を踏んで来た平兵衛も、そこいらに腰をおろす。日ごとに行きかう人馬のため踏み堅められたような街道が目の前
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