るころ、平兵衛は路傍《みちばた》の桃の小枝を折り取って、その葉を笠《かさ》の下に入れてかぶった。それからまた半蔵と一緒に歩いた。
「半蔵さまのお供もいいが、ときどきおれは閉口する。」
「どうしてさ。」
「でも、馬のあくびをするところなぞを、そうお前さまのようにながめておいでなさるから。おもしろくもない。」
「しかし、この平穏はどうだ。つい十日ばかり前に、百姓|一揆《いっき》のあったあととは思われないじゃないか。」
 そこいらには、草の上にあおのけさまに昼寝して大の字なりに投げ出している村の男の足がある。山と積んだ麦束のそばに懐《ふところ》をあけて、幼い嬰児《あかご》に乳を飲ませている女もある。
 半蔵らは途中で汗をふくによい中山薬師の辺まで進んだ。耳の病を祈るしるしとして幾本かの鋭い錐《きり》を編み合わせたもの、女の乳|搾《しぼ》るさまを小額の絵馬《えま》に描いたもの、あるいは長い女の髪を切って麻の緒《お》に結びささげてあるもの、その境内の小さな祠《ほこら》の前に見いださるる幾多の奉納物は、百姓らの信仰のいかに素朴《そぼく》であるかを語っている。その辺まで帰って来ると、恵那山麓《えなさ
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