あると言うぜ。なんでも平常《ふだん》出入りの百姓が一番先に立って、闇《やみ》の晩に風呂敷《ふろしき》で顔を包んで行って、問屋の家の戸障子と言わず、押入れと言わず、手当たり次第に破り散らして、庭の植木まで根こぎにしたとかいう話を聞いたこともあるよ。この地方にはそれほど百姓仲間から目の敵《かたき》にされるようなものはない。現在宿役人を勤めてるものは、大概この地方に人望のある旧家ばかりだからね。」
 儀十郎は無造作に笑って、半蔵の方を見ながらさらに言葉をつづけた。
「しかし、今度の一揆じゃ、中津川辺の大店《おおだな》の中には多少用心した家もあるようです。そりゃ、こんな騒ぎをおっぱじめた百姓仲間ばかりとがめられません。大きい町人の中には、内々《ないない》米の買い占めをやってるものがあるなんて、そんな評判も立ちましたからね。まあ、この一揆を掘って見たら、いろいろなものが出て来ましょう。何から何まで新規まき直しで、こんな財政上の御改革が過激なためかと言えば、そうばかりも言えない。世の中の変わり目には、人の心も動揺しましょうからね。なにしろ、あなた、千人以上からの百姓の集まりでしょう。みんな気が立っ
前へ 次へ
全419ページ中260ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング