》の裏口から飛んで来る。奥深い入り口の土間のところで、半蔵も平兵衛も旅の草鞋《わらじ》の紐《ひも》をとき、休息の時を送らせてもらうことにした。
しばらくぶりで半蔵の目に映る勝重は、その年の春から新婚の生活にはいり、青々とした月代《さかやき》もよく似合って見える青年のさかりである。半蔵は今度の旅で、落合にも縁故の深い宮川寛斎の墓を伊勢の今北山に訪《たず》ねたことを勝重に語り、全国三千余人の門人を率いる平田|鉄胤《かねたね》をも京都の方で見て来たことを語った。それらの先輩のうわさは勝重をもよろこばせたからで。
稲葉屋では、囲炉裏ばたに続いて畳の敷いてあるところも広い。そこは応接間のかわりでもあり、奥座敷へ通るものが待ち合わすべき場処でもある。しばらく待つうちに、勝重の母親が半蔵らのところへ挨拶《あいさつ》に来た。めっきり鬢髪《びんぱつ》も白くなり、起居振舞《たちいふるまい》は名古屋人に似て、しかも容貌《ようぼう》はどこか山国の人にも近い感じのする主人公が、続いて半蔵らを迎えてくれる。その人が勝重の父親だ。落合宿の年寄役として、半蔵よりもむしろ彼の父吉左衛門に交わりのある儀十郎だ。
「あ
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