なたがたは今、京都からお帰り。それは、それは。」と儀十郎が言った。「勝重のやつもあなたのおうわさばかり。あれが御祝言の前に、わざわざあなたにお越しを願って、元服の式をしていただいたことは、どれほどあれにはうれしかったかしれません。これはお師匠さまに揚げていただいた髪だなんて、今だによろこんでいまして。」
儀十郎はその時、裏口の方から顔を出した下男を呼んで、勝重が若い妻に客のあることを知らせるようにと言い付けた。
「よめも今、裏の方へ行って茄子《なす》を漬《つ》けています――よめにもあってやっていただきたい。」
こんな話の出ているところへ、勝重の母親が言葉を添えて、
「あなた、奥へ御案内したら。」
「じゃ、そうしようか。半蔵さんもお急ぎだろうが、茶を一つ差し上げたい。」
とまた儀十郎が言った。
やがて半蔵が平兵衛と共に案内されて行ったところは、二間《ふたま》続きの奥まった座敷だ。次ぎの部屋《へや》の方の片すみによせて故人|蘭渓《らんけい》の筆になった絵屏風《えびょうぶ》なぞが立て回してある。半蔵らもこの落合の宿まで帰って来ると、峠一つ越せば木曾の西のはずれへ出られる。美濃派の俳諧
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