い江戸屋敷方の脱走者の群れが上野東叡山にたてこもって官軍と戦ったことを聞いたのも、百八十余人の彰義隊《しょうぎたい》の戦士、輪王寺《りんのうじ》の宮《みや》が会津方面への脱走なぞを聞いたのも、やはり名古屋まで行った時であった。さらに京都まで行って見ると、そこではもはや奥羽《おうう》征討のうわさで持ち切っていた。
新政府が財政困難の声も高い。こんな東征軍を動かすほどの莫大《ばくだい》な戦費を支弁するためからも、新政府の金札(新紙幣)が十円から一朱までの五種として発行されたのは、半蔵がこの旅に出てからのことであった。ところが今日の急に応じてひそかに武器を売り込んでいる外国政府の代理人、もしくは外国商人などの受け取ろうとするものは、日本の正金である。内地の人民、ことに商人は太政官の準備を危ぶんで新しい金札をよろこばない。これは幕府時代からの正銀の使用に慣らされて来たためでもある。それかあらぬか、新紙幣の適用が仰せ出されると間もなく、半蔵は行く先の商人から諸物価のにわかな騰貴を知らされた。昨日は一|駄《だ》の代金二両二分の米が今日の値段は三両二分の高値にも引き上げたという。小売り一升の米の代
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