ると、先師|篤胤《あつたね》没後以来の話に花の咲いた時。そこへ暮田正香でも顔を見せると、先輩は伊那《いな》の長い流浪《るろう》時代よりもずっと若返って見えるほどの元気さで、この王政の復古は同時に一切の中世的なものを否定することであらねばならない、それには過去数百年にわたる武家と僧侶《そうりょ》との二つの大きな勢力をくつがえすことであらねばならないと言って、宗教改革の必要にまで話を持って行かなければあの正香が承知しなかった時。そういう再会のよろこびの中でも、彼が旅の耳に聞きつけるものは、降り続く長雨の音であった。
京都を立って帰路につくころから、ようやく彼は六月らしい日のめを見たが、今度は諸方に出水《でみず》のうわさだ。淀川《よどがわ》筋では難場《なんば》が多く、水損《みずそん》じの個処さえ少なくないと言い、東海道辺では天龍川《てんりゅうがわ》の堤が切れて、浜松あたりの町家は七十軒も押し流されたとのうわさもある。彼が江州《ごうしゅう》の草津辺を帰るころは、そこにも満水の湖を見て来た。
郷里の方もどうあろう。その懸念《けねん》が先に立って、過ぐる慶応三年は白粥《しらかゆ》までたいて村民
前へ
次へ
全419ページ中244ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング