宇治の今北山《いまきたやま》に眠る故人だ。伊勢での寛斎老人は林崎文庫《はやしざきぶんこ》の学頭として和漢の学を講義し、かたわら医業を勤め、さみしい晩年の日を送ったという。半蔵は旅先ながらに土地の人たちの依頼を断わりかね、旧師のために略歴をしるした碑文までもえらんで置いて、「慶応|戊辰《ぼしん》の初夏、来たりてその墓を拝す」と書き残して来た。そんな話を持って、先輩|暮田正香《くれたまさか》から、友人の香蔵や景蔵まで集まっている京都の方へ訪《たず》ねて行って見ると、そこでもまた雨だ。定めない日和《ひより》が続いた。かねて京都を見うる日もあらばと、夢にも忘れなかったあの古い都の地を踏み、中津川から出ている友人らの仮寓《かぐう》にたどり着いて、そこに草鞋《わらじ》の紐《ひも》をといた時。うわさのあった復興最中の都会の空気の中に身を置いて見て、案内顔な香蔵や景蔵と共に連れだちながら、平田家のある錦小路《にしきこうじ》まで歩いた時。平田|鉄胤《かねたね》老先生、その子息《むすこ》さんの延胤《のぶたね》、いずれも無事で彼をよろこび迎えてくれたばかりでなく、宿へ戻《もど》って気の置けないものばかりにな
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