。この大人数が、三百年来住み慣れた墳墓の地を捨て、百五十里もある南の国へ引き揚げよと命ぜられても、わずか四、五日の間でそんな大移住が行ないうるものか、どうかと。半蔵らの目にあるものは、徳川氏と運命を共にする屋敷方の離散して行く光景を語らないものはない。茶摘みだ烙炉《ほいろ》だ筵《むしろ》だと騒いでいる木曾の季節の中で、男女の移住者の通行が続きに続いた。
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第五章
一
五月中旬から六月上旬へかけて、半蔵は峠村の組頭《くみがしら》平兵衛《へいべえ》を供に連れ、名古屋より伊勢《いせ》、京都への旅に出た。かねて旧師|宮川寛斎《みやがわかんさい》が伊勢|宇治《うじ》の館太夫方《かんだゆうかた》の長屋で客死したとの通知を受けていたので、その墓参を兼ねての思い立ちであった。どうやら彼はこの旅を果たし、供の平兵衛と共に馬籠《まごめ》の宿をさして、西から木曾街道《きそかいどう》を帰って来る途中にある。
留守中のことも案じられて、二人《ふたり》とも帰りを急いでいた。大津、草津を経て、京から下って来て見ると、思いがけない郷里の方のうわさがその途中で半蔵らの耳にはい
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