った。京からの下りも加納の宿あたりまでは登り坂の多いところで、半蔵らがそんな話を耳にしたのは美濃路《みのじ》にはいってからであるが、その道を帰って来るころは、うわさのある中津川辺へはまだかなりの距離があり、真偽のほどすら判然とはしなかった。
鵜沼《うぬま》まで帰って来て見た。新政府の趣意もまだよく民間に徹しないかして、だれが言い触らすとも知れないような種々《さまざま》な流言は街道に伝わって来る時である。どうして、あの例幣使なぞが横行したり武家衆がいばったりして人民を苦しめぬいた旧時代にすら、ついぞ百姓|一揆《いっき》のあったといううわさを聞いたこともない尾州領内で、しかも世の中建て直しのまっ最中に、日ごろ半蔵の頼みにする百姓らが中津川辺を騒がしたとは、彼には信じられもしなかった。まして、彼の世話する馬籠あたりのものまでが、その一揆の中へ巻き込まれて行ったなぞとは、なおなお信じられもしなかった。
しかし、郷里の方へ近づいて行けば行くほど、いろいろと半蔵には心にかかって来た。道中して見てもわかるように、地方の動揺もはなはだしい時だ。たとえば、馬の背や人足の力をかりて旅の助けとすると
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