り》は高くとも、年老いた人のためには灰汁《あく》が強すぎる。彼女はそれに古茶をすこし混ぜ入れて来たと言って見せるほど、注意深くもあった。
「あなた、横におなりなすったら。」とおまんは夫の方を見て言った。「そうすわってばかりじゃ、お疲れでしょうに。」
「そうさな。それじゃ、寝て話すか。」
吉左衛門とおまんとはもはやよい茶のみ友だちである。この父はおまんが勧めて出した湯のみを枕《まくら》もとに引きよせ、日ごろ愛用する厚手な陶器の手ざわりを楽しみながら、年をとってますます好きになったという茶のにおいをさもうまそうにかいだ。半蔵をそばに置いて、青山家の昔話までそこへ持ち出すのもこの父である。自分ごときですら、将軍家の没落を聞いては目もくらむばかりであるのに、実際に大きなものが眼前に倒れて行くのを見る人はどんなであろう、そんな述懐が老い衰えた父の口からもれて来た。武家全盛の往時しか知らないで、代々本陣、問屋、庄屋の三役を勤めて来た祖父たちの方がむしろ幸福であったのか、かくも驚くべき激変の時代にめぐりあって、一世に二世を経験し、一身に二身を経験するような自分ごときが幸福であるのか。そんな話が出た
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