軍家直属の家の子、郎党となると、さらにはなはだしい。それらの旗本方は、いずれも家政を改革し、費用を省略して、生活の道を立てる必要に迫られて来た。連年海陸軍の兵備を充実するために莫大《ばくだい》な入り用をかけて来た旧幕府では、彼らが知行《ちぎょう》の半高を前年中借り上げるほどの苦境にあったからで。彼ら旗本方はほとんどその俸禄《ほうろく》にも離れてしまった。慶喜が彼らに示した書面の中には、実に今日に至ったというのも皆自分一身の過《あやま》ちより起こったことである。自分は深く恥じ深く悲しむ、ついては生計のために暇《いとま》を乞いたい者は自分においてそれをするには忍びないけれども、その志すところに任せるであろう、との意味のことが諭《さと》してあったともいう。
もはや、江戸屋敷方の避難者は在国をさして、追い追いと東海道方面にも入り込むとのうわさがある。この薄暗い街道の空気の中で、どんなにか昔気質《むかしかたぎ》の父も心を傷《いた》めているだろう。そのことが半蔵をハラハラさせた。幾たびか彼に家出を思いとまらせ、庄屋のつとめを耐《こら》えさせ、友人の景蔵や香蔵のあとを追わせないで、百姓相手に地方《
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