多年慶喜を排斥しようとする旧《ふる》い幕臣の中からも起こり、かくのごとき未曾有《みぞう》の大変革はけだし天子を尊ぶの誠意から出たのではなくて全く薩摩《さつま》と長州との決議から出た事であろうと推測する輩《やから》の中からも起こり、逆賊の名を負わせられながらなんらの抵抗をも示すことなしに過去三百年の都会の誇りをむざむざ西の野蛮人らにふみにじられるとはいかにも残念千万であるとする諸陪臣の中からも起こった。
「神祖(東照宮)に対しても何の面目がある。」――その声はどんな形をとって、どこに飛び出すかもしれなかった。江戸の空は薄暗く、重い空気は八十三里の余もへだたった馬籠あたりの街道筋にまでおおいかぶさって来た。
 諸大名の家中衆で江戸表にあったものの中には、早くも屋敷を引き揚げはじめたとの報もある。江戸城明け渡しの大詰めも近づきつつあったのだ。開城準備の交渉も進められているという時だ。それらの家中衆の前には、およそ四つの道があったと言わるる。脱走の道、帰農商の道、移住の道、それから王臣となるの道がそれだ。周囲の事情は今までどおりのような江戸の屋敷住居《やしきずまい》を許さなくなったのだ。
 将
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