て来た。遠く山県大弐《やまがただいに》、竹内式部《たけのうちしきぶ》らの勤王論を先駆にして、真木和泉《まきいずみ》以来の実行に移った討幕の一大運動はもはやここまで発展して来た。一地方に起った下諏訪の悲劇なぞは、この大きな波の中にさらわれて行くような時だ。よりよき社会を求めるためには一切の中世的なものをも否定して、古代日本の民族性に見るような直《なお》さ、健やかさに今一度立ち帰りたいと願う全国幾千の平田門人らの夢は、当然この運動に結びつくべき運命のものであった、と彼には思われるのである。
 彼は周囲を見回した。過ぐる年の秋、幕府の外交奉行で大目付を兼ねた山口|駿河《するが》(泉処)をこの馬籠本陣に泊めた時のことが、ふと彼の胸に浮かんだ。あの大目付が、京都から江戸への帰りに微行でやって来て、ひとりで彼の家の上段の間に隠れながら、あだかも徳川幕府もこれまでだと言ったように、暗い涙をのんで行った姿は、まだ彼には忘れられずにある。彼はあの幕臣が「条約の大争いも一段落を告げる時が来た」と言ったことを思い出した。「この国を開く日の来るのも、もうそんなに遠いことでもあるまい」と言ったことをも思い出した
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