幣餅の一つをうまそうに頬《ほお》ばった。その名の御幣餅にふさわしく、こころもち平たく銭形《ぜにがた》に造って串《くし》ざしにしたのを、一ずつ横にくわえて串を抜くのも、土地のものの食い方である。こんがりとよい色に焼けた焼き餅に、胡桃《くるみ》の香に、客も主人もしばらく一切のことを忘れて食った。
翌朝早く、香蔵は半蔵夫婦に礼を述べて、そこそこに帰りじたくをした。この友人の心は半分京都の方へ行っているようでもあった。別れぎわに、
「でも、半蔵さん。今は生きがいのある時ですね。」
その言葉を残した。
友人を送り出した後、半蔵は本陣の店座敷から奥の間へ通う廊下のところに出た。香蔵の帰って行く美濃の方の空はその位置から西に望まれる。彼は、同門の人たちの多くが師鉄胤の周囲に集まりつつあることを思い、一切のものが徳川旧幕府に対する新政府の大争いへと吸い取られて行く時代の大きな動きを思い、三道よりする東征軍の中には全く封建時代を葬ろうとするような激しい意気込みで従軍する同門の有志も多かるべきことを思いやって、ひとりでその静かな廊下をあちこち、あちこちと歩いた。
古代復帰の夢はまた彼の胸に帰っ
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