との方が気にかかる。外国公使の参内も無事に済んだからって、それでよいわと言えるようなものじゃありますまい。こんな草創の際に、したくらしいしたくのできようもなしさ。先方は兵力を示しても条約の履行を迫って来るのに、それすらこの国のものは忍ばねばならない。辛抱、辛抱――われわれは子孫のためにも考えて、この際は大いに忍ばねばならない。ほんとうに国を開くも、開かないも、実にこれからです……」
「お客さま――へえ、御幣餅《ごへいもち》。」
という子供の声がして、お粂《くめ》や宗太が母親と一緒に、皿《さら》に盛った山家の料理を囲炉裏ばたの方からそこへ運んで来た。
「さあ、どうぞ、冷《さ》めないうちに召し上がってください。」とお民は言って、やがて子供の方をかえり見ながら、「さっきから囲炉裏ばたじゃ大騒ぎなんですよ。吾家《うち》のお父《とっ》さんの着物をお客さまが着てるなんて、そんなことを言って――ほんとに、子供の時はおかしなものですね。」
この「お父《とっ》さんの着物」が客をも主人をも笑わせた。その時、香蔵は手をもみながら、
「どれ、一つ頂戴《ちょうだい》して見ますか。」
と言って、焼きたての御
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