さたや》みとなった。彼が暇乞《いとまご》いのために師鉄胤の住む錦小路《にしきこうじ》に立ち寄り、正香らにも別れを告げて、京都を出立して来るころは、町々は再度の英国公使参内のうわさで持ちきっていた。沿道の警戒は一層厳重をきわめ、薩州、長州、芸州、紀州の諸藩からは三十人ずつほどの人数を出してその事に当たり、当日の往来筋は諸人通行留めで、左右横道の木戸も締め切るという評判であった。もはや、周囲の事情はこの国の孤立を許さない。上御一人《かみごいちにん》ですら進んで外国交際の道を開き、万事条約をもって世界の人を相手としなければならない、今後みだりに外国人を殺害したり、あるいは不心得の所業に及んだりするものは、朝命に悖《もと》り、国難を醸《かも》すのみならず、この国の威信にもかかわる不届き至極《しごく》の儀と言われるようになった。その罪を犯すものは士分の者たりとも至当の刑に処せられるほどの世の中に変わって来た。京都を中心にして、国是を攘夷に置いた当時を追想すると、実に隔世の感があったともいう。
「しかし、半蔵さん、今度わたしは京都の方へ行って見て、猫《ねこ》も杓子《しゃくし》も万国公法を振り回すに
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