って、実地を踏んで来た縫助の話には正香の住む京都|衣《ころも》の棚《たな》のあたりや、染物屋伊勢久の暖簾《のれん》のかかった町のあたりを彷彿《ほうふつ》させるものがあった。縫助は、「一つこの復興の京都を見て行ってくれ」と正香に言われたことを半蔵に語り、この国の歴史あって以来の未曾有《みぞう》の珍事とも言うべき外国公使の参内《さんだい》を正香と共に丸太町通りの町角《まちかど》で目撃したことを語った。三国公使のうち、彼は相国寺《しょうこくじ》から参内する仏国公使ロセスを見ることはかなわなかったが、南禅寺を出たオランダ代理公使ブロックと、その書記官の両人が黒羅紗《くろらしゃ》の日覆《ひおお》いのかかった駕籠《かご》に乗って、群集の中を通り過ぎて行くのを見ることができたという。まだ西洋人というものを見たことのない彼が、初めて自己の狭い見聞を破られた時は、夢のような気がしたとか。
縫助はなお、言葉を継いで、彼と正香とが周囲に群がる人たちと共に、智恩院《ちおんいん》を出る英国公使パアクスを待ったことを語った。これは参内の途中、二人《ふたり》の攘夷家《じょういか》のあらわれた出来事のために沙汰止《
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