な》を出せのと言われ、中にはひどく乱暴を働いた侍衆もあったというような話が残っていた。ある伝馬役《てんまやく》の門口にも立って見た。街道に添う石垣の片すみによせて、大きな盥《たらい》が持ち出してある。馬の行水《ぎょうずい》もはじまっている。馬の片足ずつを持ち上げさせるたびに、「どうよ、どうよ。」と言う馬方の声も起こる。湯水に浸された荒藁《あらわら》の束で洗われるたびに、馬の背中からにじみ出る汗は半蔵の見ている前で白い泡《あわ》のように流れ落ちた。そこにはまた、妻籠《つまご》、三留野《みどの》の両宿の間の街道に、途中で行き倒れになった人足の死体も発見されたというような、そんなうわさも伝わっていた。


 半蔵が中津川まで迎えに行って謁見《えっけん》を許された東山道総督岩倉少将は、ようやく十六、七歳ばかりのうらわかさである。御通行の際は、白地の錦《にしき》の装束《しょうぞく》に烏帽子《えぼし》の姿で、軍旅のいでたちをした面々に前後を護《まも》られながら、父岩倉公の名代を辱《はず》かしめまいとするかのように、勇ましく馬上で通り過ぎて行った。副総督の八千丸《やちまる》も兄の公子に負けてはいない
前へ 次へ
全419ページ中183ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング