雨がやって来るぞ。」
そんなことを言って、そろそろ怪しくなった峠の上の空模様をながめながら、家の表の掃除《そうじ》を急ぐものもある。多人数のために用意した膳《ぜん》、椀《わん》から、夜具|蒲団《ふとん》、枕《まくら》の類までのあと片づけが、どの家でもはじまっていた。
過去の大通行の場合と同じように、総督一行の通り過ぎたあとにはいろいろなものが残った。全軍の諸勘定を引き受けた高遠藩《たかとおはん》では藩主に代わる用人らが一切のあと始末をするため一晩馬籠に泊まったが、人足買い上げの賃銭が不足して、容易にこの宿場を立てなかった。どうやらそれらの用人らも引き揚げて行った。駅長としての半蔵はその最後の一行を送り出した後、宿内見回りのためにあちこちと出歩いた。彼は蔦屋《つたや》という人足宿の門口にも立って見た。そこには美濃《みの》の大井宿から総督一行のお供をして来た請負人足、その他の諸人足が詰めていて、賃銭分配のいきさつからけんか口論をはじめていた。旅籠屋《はたごや》渡世をしている大野屋勘兵衛方の門口にも立って見た。そこでは軍の第二班にあたる因州藩の御連中の宿をしたところ、酒を出せの、肴《さか
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