さしむかいに腰掛けていて、さらに話しつづけた。「君はわたしたちにかまわないで、先に食べてください。そんなに話に身が入っては、せっかくの蕎麦も延びてしまう。でも、きょうは、よいところでお目にかかった。」
「いや、わたしも君にあえてよかった。」と景蔵の方でも言った。「おかげで、福島の方の様子もわかりました。」
 やがて景蔵が湯桶《ゆとう》の湯を猪口《ちょく》に移し、それを飲んで、口をふくころに、小女《こおんな》は店の入り口に近い台所の方から土間づたいに長い腰掛けの間を回って来て、
「へえ、お待ちどおさまでございます。」
 と言いながら、半蔵の注文したものをそこへ持ち運んで来た。本家なにがし屋とか、名物寿命そばありとかを看板にことわらなければ、客の方で承知しないような古い街道筋のことで、薬味箱、だし汁《じる》のいれもの、猪口、それに白木の割箸《わりばし》まで、見た目も山家のものらしい。竹簀《たけす》の上に盛った手打ち蕎麦は、大きな朱ぬりの器《うつわ》にいれたものを膳《ぜん》に積みかさねて出す。半蔵はそれを供の平兵衛に分け、自分でも箸を取りあげた。その時、彼は友人の方を見て、思い出したように、
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