あなたの前ですが、この谷には、てんで平田の国学なぞははいらない。皆、漢籍一方で堅めきっていますからね。伊那から美濃地方のようなわけにはいかない。どうしても、世におくれる。でも青山さん、見ていてください。福島にも有志の者がなくはありませんよ。」
口にこそ出さなかったが、秀作は肩にする鉄砲に物を言わせ、雉《きじ》でも打ちに行くらしいその猟師筒に春待つ心を語らせて、来たるべき時代のために勤王の味方に立とうとするものはここにも一人《ひとり》いるという意味を通わせた。
思いがけなく声をかけられた人にも別れて、やがて半蔵らはさくさく音のする雪の道を踏みながら、塩淵《しおぶち》というところまで歩いた。そこは山の尾をめぐる一つの谷の入り口で、西から来るものはその崖《がけ》になった坂の道から、初めて木曾福島の町をかなたに望むことのできるような位置にある。半蔵は帰って行く人だが、その眺望《ちょうぼう》のある位置に出た時は、思わず後方《うしろ》を振り返って見て、ホッと深いため息をついた。
三
木曾の寝覚《ねざめ》で昼、とはよく言われる。半蔵らのように福島から立って来たものでも、あるい
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