ではない。
そこへ東山道軍の進発だ。各藩ともに、否《いや》でも応でもその態度を明らかにせねばならない。尾張藩は、と見ると、これは一切の従来の行きがかりを捨て、勤王の士を重く用い、大義名分を明らかにすることによって、時代の暗礁《あんしょう》を乗り切ろうとしている。名古屋の方にある有力な御小納戸《おこなんど》、年寄《としより》、用人らの佐幕派として知られた人たちは皆退けられてしまった。その時になっても、山村氏の家中衆だけは長い武家時代の歴史を誇りとし、頑《がん》として昔を忘れないほどの高慢さである。ここには尾張藩の態度に対する非難の声が高まるばかりでなく、徳川氏の直属として独立を思う声さえ起こって来ている。徳川氏と存亡を共にする以外に、この際、情誼《じょうぎ》のあるべきはずがないと主張し、神祖の鴻恩《こうおん》も忘れるような不忠不義の輩《やから》はよろしく幽閉せしむべしとまで極言するものもある。
「福島もどうなろう。」
半蔵はそのことばかり考えつづけた。その晩は彼は平兵衛の蒲団《ふとん》を自分のそばに敷かせ、道中用の脇差《わきぎし》を蒲団の下に敷いて、互いに枕《まくら》を並べて寝た。
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