を書け、絵を描《か》け、歌を歌えと所望した上に、なお進んでは舞踏することやヨーロッパ風な風俗習慣のいろいろを実演することまで求めたが、一行のものは、それを拒んだ。彼らが京都所司代を訪ねた時はまた、一つの晴雨計を取り出して来る日本人があって、その性質、使用法なぞを尋ねられたこともある。その晴雨計は、彼らがそこに到着したころから数えると、実に約三十年も前に、オランダ人の贈ったものであった。
四月下旬のはじめには、一行は遠く旅して行った江戸表にもう一度彼ら自身を見いだした。おり悪《あ》しく雨の多いころで、外出も困難ではあったが、彼らは行装を整えて町を出、江戸城の関門を通り過ぎて第三の城郭に入り、そこで将軍|謁見《えっけん》の時の来るのを待ち合わせた。その間、彼らは雨に湿った靴《くつ》や靴|足袋《たび》を捨てて新しいものに換え、それから謁見室へと導かれた。やせて背は高く、面長《おもなが》で、容貌《ようぼう》の凛々《りり》しいことはドイツ人に似、起居振舞《たちいふるまい》はゆっくりではあるが、またきわめて文雅な感じのある年老いた人がそこに彼らを待ち受けていたという。その人が当時肩を比べるものの
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