いや》か、でなければ百姓町人でしょう。」
「そう言えば、そうさ。平田門人の大部分は。」
「でしょう。みんな縁の下の力持ちです。それでも、どうかして新政府を護《も》り立てようとしています。それを思うと、いたいたしい。」
「しかし、縫助さん、君は平田門人が下積みになってるものばかりのように言うが、士分のものだってなくはない。」
「そうでしょうか。」
「見たまえ、こないだわたしは鉄胤《かねたね》先生のところで、天保《てんぽう》時代の古い門人帳を見せてもらったが、あの時分の篤胤|直門《じきもん》は五百四十九人ぐらいで、その中で七十三人が士分のものさ。全国で十七藩ぐらいから、そういう人たちを出してるよ。最も多い藩が十四人、最も少ない藩が一人《ひとり》というふうにね。鹿児島《かごしま》、津和野《つわの》、高知、名古屋、金沢、秋田、それに仙台《せんだい》――数えて来ると、同門の藩士もふえて来たね。山吹《やまぶき》、苗木《なえぎ》なぞは言うまでもなしさ。あの時分の十七藩が、今じゃ三十五藩ぐらいになってやしないか。そこだよ、君――各藩は今、大きな問題につき当たって、だれもが右往左往してる。勤王か、佐幕か
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