染めぬいてある暖簾《のれん》をくぐって出た。
「縫助さん、わたしもそこまで一緒に行こう。」
 と言いながら正香は縫助のあとを追って行った。
 外国人滞在中は、乗輿《じょうよ》、および乗馬のまま九門の通行を許すというだけでも、今までには聞かなかったことである。一事が実に万事であった。一切の破格なことがかもし出す空気は、この山の上の古い都に活《い》き返るような生気をそそぎ入れつつあった。
「とにかく、世界の人を相手にするような時世にはなって来ましたね。」
 伊那南条村の片田舎《かたいなか》から出て来て見た縫助にこの述懐があるばかりでなく、王政復古を迎えた日は、やがて万国交際の始まった日であったとは、正香にとっても決しておろそかには考えられないことであった。
 縫助は三条の方角をさして、正香と一緒に麩屋町《ふやまち》から寺町の通りに出ながら、
「暮田さん、今度わたしは京都に出て来て見て、そう思います。なんと言っても今のところじゃ藩が中心です。藩というものをそれぞれ背負《しょ》って立ってる人たちは、思うことがやれる。ところが、われわれ平田門人はいずれも医者か、庄屋《しょうや》か、本陣|問屋《と
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