は万国公法の世の中だもの。」と正香が戯れて見せた。
「それ、それ、」と久兵衛も軽く笑って、「近ごろはそれが大流行《おおはやり》。」
「縫助さん、君もその意気で預かって行くさ。」とまた正香が言い添える。
「暮田さんらしいトボけたことを言い出したぞ。」と縫助まで一緒になって笑い出した。「わたしも今度京都へ出て来て見て、皆が万国公法を振り回すには驚きましたね。では、こうします。立つ前に、もう一度暮田さんを訪《たず》ねます。その時に伊勢屋さんへもお寄りします。」
英国公使パアクスの上京には新政府でもことに意を用いた。大坂を立つ時は小松|帯刀《たてわき》と伊藤俊介とが付き添い、京都にはいった時は中井弘蔵と後藤象次郎とが伏見|稲荷《いなり》の辺に出迎え、無事に智恩院の旅館に到着した。この公使の一行が赤い軍服を着けた英国の護衛兵(いわゆる赤備兵)を引率し、あるいは騎馬、あるいは駕籠《かご》で、参内のために智恩院新門前通りから繩手通《なわてどお》りにかかった時だ。そこへ二人の攘夷家が群集の中から飛び出したのであった。かねて新政府ではこんなことのあるのを憂い、各藩からは二十人以上の兵隊を出させ、通
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