せる。
「そいつは、なかなか。」と久兵衛も言う。
「いや、」と縫助はその話を引き取った。「わたしが江戸へ出ました時は、平田家でも評議の最中でした。江戸も騒がしゅうございましたよ。早速《さっそく》、お見舞いを申し上げて、それから保管方を申し出ましたところ、大変によろこんでくださいました。道中が心配になりましたから、護《まも》りの御符《ごふ》は白河家《しらかわけ》(京都|神祇伯《じんぎはく》)からもらい受けました。それを荷物に付けるやら、自分で宰領をするやらして、たくさんな稿本や書類を馬で運搬したわけなんです。昨年、十二月の十八日に座光寺へ着きましたが、あの時は北原稲雄もわたしの手を執ってよろこびました。田島の前沢万里、今村|豊三郎《とよさぶろう》、いずれもこの事には心配して、路用なぞを出し合った仲間です。」
こんな話が尽きなかった。
旅にある縫助はその日と翌日とを知人の訪問に費やし、出て来たついでに四条の雛市《ひないち》を見、寄れたら今一度正香のところへも寄って、京都を辞し去ろうという人であった。彼は正香の言うように、それほどこの復興の京都に浸《ひた》って見る時を持たないまでも、とも
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