一緒に歩き出した時の縫助の述懐だ。
京都は、東征軍の進発に、諸藩の人々の動きに、諸制度の改変に、あるいは破格な外国使臣の参内に、一切が激しく移り変わろうとするまっ最中にある。
「縫助さん、よく君は出て来た。まあ、この復興の京都を見てくれたまえ。」
口にこそ出さなかったが、正香はそれを目に言わせて、その足で堺町通りの角《かど》から丸太町を連れと一緒に歩いて行った。そこは平田門人仲間に知らないもののない染め物屋|伊勢久《いせきゅう》の店のある麩屋町《ふやまち》に近い。正香自身が仮寓《かぐう》する衣《ころも》の棚《たな》へもそう遠くない。
正香が連れの縫助は、号を千足《ちたり》ともいう。伊那時代からの正香のなじみである。この人の上京は自身の用事のためばかりではなかった。旧冬十一月の二十二日に徳川慶喜が将軍職を辞したころから、国政は再び復古の日を迎えたとはいうものの、東国の物情はとかく穏やかでないと聞いて、江戸にある平田|篤胤《あつたね》の稿本類がいつ兵火の災に罹《かか》るやも知れないと心配し出したのは、伊那の方にある先師没後の門人仲間である。座光寺村の北原稲雄が発起《ほっき》で、伊
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