座敷へ飛んでやって来た。よくある街道でのけんかかと思って、半蔵は「袴《はかま》、袴。」と妻に言った。急いでその平袴《ひらばかま》をはいて、紐《ひも》も手ばしこく、堅く結んだ。
「冗談じゃないぞ。」
 そう言いながら半蔵は本陣の表まで出て見た。問屋場の前の荷物の積み重ねてあるところは、何様《なにさま》かの家来らしい旅の客が栄吉をつかまえて、何か威《おど》し文句を並べている。半蔵はすぐにその意味を読んだ。彼はその方へ走って行って、木刀を手にした客の前に立った。客の吹く酒の臭気はぷんと彼の鼻をついた。
 客は栄吉の方を尻目《しりめ》にかけて、
「やい。人足の出し方がおそいぞ。」
 とにらんだ。その時、客はいまいましそうに、なおも手にした木刀で栄吉の方へ打ちかかろうとするので、半蔵は身をもって従兄弟《いとこ》をかばおうとした。
「当宿問屋の主人《あるじ》は自分です。不都合なことがありましたら、わたしが打たれましょう。」
 と半蔵はそこへ自分を投げ出すように言った。
 この騒ぎを聞きつけた清助は本陣の裏の方から、九郎兵衛は石垣《いしがき》の上にある住居《すまい》の方から坂になった道を走って来た。
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