けごう》の人馬数を書き上げた|日〆帳《ひじめちょう》なぞをそこへ取り出して来た。吉左衛門も隠居の身で、駅路のことに口を出そうでもない。ただ彼はその大切な帳簿を繰って見て、半蔵の認《したた》め方に目を通すというだけに満足した。
「叔父《おじ》さん、街道の風儀も悪くなって来ましたね。」と栄吉は言って見せる。「なんでもこの節は力ずくで行こうとする。こないだも九太夫さんの家の方へ来て、人足の出し方がおそいと言って、問屋場であばれた侍がありましたぜ。ひどいやつもあるものですね。その侍は土足のままで、問屋場の台の上へ飛びあがりましたぜ。そこに九郎兵衛さんがいました。あの人も見ていられませんから、いきなりその侍を台の上から突き落としたそうです。さあ、怒《おこ》るまいことか、先方《さき》は刀に手を掛けるから、九郎兵衛さんがあの大きなからだでそこへ飛びおりて、斬《き》れるものなら斬って見るがいいと言ったそうですよ。ちょうど表には大名の駕籠《かご》が待っていました。大名は騒ぎを聞きつけて、ようやくその侍を取りしずめたそうですがね。どうして、この節は油断ができません。」
「そう言えば、十万石につき一人《ひと
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