り》ずつとか、諸藩の武士が京都の方へ勤めるようになったと聞くが、真実《ほんとう》だろうか。」
「その話はわたしも聞きました。」
「参覲交代《さんきんこうたい》の御変革以来だよ。あの御変革は、どこまで及んで行くか見当がつかない。」
 こんな話をしたあとで、吉左衛門は思わず時を送ったというふうに腰を持ちあげた。問屋場からの出がけにも、彼は出入り口の障子の開いたところから板廂《いたびさし》のかげを通して、心深げに旧暦四月の街道の空をながめた。そして栄吉の方を顧みて言った。
「今まではお前、参覲交代の諸大名が江戸へ江戸へと向かっていた。それが江戸でなくて、京都の方へ参朝するようになって来たからね。世の中も変わった。」


 吉左衛門の心配は、半蔵が親友の二人《ふたり》までも京都の方へ飛び出して行ったことであった。あの中津川本陣の景蔵や、新問屋|和泉屋《いずみや》の香蔵のあとを追って、もし半蔵が家出をするような日を迎えたら。その懸念《けねん》から、年老いた吉左衛門は思い沈みながら、やがて自分の隠居所の方へ非常に静かに歩いて行った。彼がその裏二階に上るころには、おまんも母屋《もや》の方から夫《おっ
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