計であった。九月にはいって、西からの使者が木曾街道を急いで来た。
「また早飛脚ですぞ。」
 清助も、栄吉もしかけた仕事を置いて、何事かと表に出て見た。早飛脚の荒い掛け声は宿場に住むものの耳についてしまった。


 とうとう、新しい時代の来るのを待ち切れないような第一の烽火《のろし》が大和地方に揚がった。これは千余人から成る天誅組《てんちゅうぐみ》の一揆《いっき》という形であらわれて来た。紀州《きしゅう》、津《つ》、郡山《こおりやま》、彦根《ひこね》の四藩の力でもこれをしずめるには半月以上もかかった。しかし闇《やみ》の空を貫く光のように高くひらめいて、やがて消えて行ったこの出来事は、名状しがたい暗示を多くの人の心に残した。従来、討幕を意味する運動が種々《いろいろ》行なわれないでもないが、それは多く示威の形であらわれたので、かくばかり公然と幕府に反旗を翻したものではなかったからである。遠く離れた馬籠峠の上あたりへこのうわさが伝わるまでには、美濃苗木藩《みのなえぎはん》の家中が大坂から早追《はやおい》で急いで来てそれを京都に伝え、商用で京都にあった中津川の万屋安兵衛《よろずややすべえ》はまた
前へ 次へ
全434ページ中69ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング