かたがないから、また天保銭を一枚その袂の中へ入れてやりました。『よし、よし、これで勘弁してやる、』――そうあの旅の御衆が大威張《おおいば》りで言うじゃありませんか。これにはわたしも驚きましたよ。」


 当時の街道に脅迫と強請の行なわれて来たことについては実にいろいろな話がある。「実懇《じっこん》」という言葉なぞもそこから生まれてきた。この実懇になろうとは、心やすくなろうとの意味であって、その言葉を武士の客からかけられた旅館の亭主《ていしゅ》は、必ず御肴代《おさかなだい》の青銅とか御祝儀《ごしゅうぎ》の献上金とかをねだられるのが常であった。町人百姓はまだしも、街道の人足ですら駕籠《かご》をかついで行く途中で武士風の客から「実懇になろうか」とでも言葉をかけられた時は、必ず一|分《ぶ》とか、一分二百とかの金をねだられることを覚悟せねばならなかった。貧しい武家衆や公卿《くげ》衆の質《たち》の悪いものになると、江戸と京都の間を一往復して、すくなくも千両ぐらいの金を強請し、それによって二、三年は寝食いができると言われるような世の中になって来た。どうして問屋場のものを脅迫する武家衆が天保銭一枚ずつ
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