の話なぞは、この街道ではめずらしいことではなくなった。
この脅迫と強請とがある。一方に賄賂《わいろ》の公然と行なわれていたのにも不思議はなかった。従来問屋場を通過する荷物の貫目にもお定めがあって、本馬《ほんま》一|駄《だ》二十貫目、軽尻《からじり》五貫目、駄荷《だに》四十貫目、人足一人持ち五貫目と規定され、ただし銭差《ぜにさし》、合羽《かっぱ》、提灯《ちょうちん》、笠袋《かさぶくろ》、下駄袋《げたぶくろ》の類《たぐい》は本馬一駄乗りにかぎり貫目外の小付《こづけ》とすることを許されていた。この貫目を盗む不正を取り締まるために、板橋、追分《おいわけ》、洗馬《せば》の三宿に設けられたのがいわゆる御貫目改め所であって、幕府の役人がそこに出張することもあり、問屋場のものの立ち合って改めたこともあった。そこは賄賂の力である程度までの出世もでき、御家人《ごけにん》の株を譲り受けることもできたほどの時だ。規定の貫目を越えた諸藩の荷物でもずんずん御貫目改め所を通過して、この馬籠の問屋場にまで送られて来た。
将軍家|御召替《おめしか》えの乗り物、輿《こし》、それに多数の鉄砲、長持を最後にして、連日の大
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