門の先輩原|信好《のぶよし》の住む地であり、座光寺とは平田|大人《うし》の遺書『古史伝』三十二巻の上木《じょうぼく》に主となって尽力している先輩北原稲雄の住む村である。お触れ当てに応じてこの宿場まで役を勤めに来る百姓のあることを伊那の先輩たちが知らないはずもなかった。それだけでも半蔵はこの助郷人足たちにある親しみを覚えた。
「みんな気の毒だが、きょうは須原《すはら》まで通しで勤めてもらうぜ。」
半蔵の家の問屋場ではこの調子だ。いったいなら半蔵の家は月の下半期の非番に当たっていたが、特にこういう日には問屋場を開いて、九郎兵衛方を応援する必要があったからで。
大坂御番衆の通行は三日も続いた。三日目あたりには、いかな宿場でも人馬の備えが尽きる。やむなく宿内から人別《にんべつ》によって狩り集め、女馬まで残らず狩り集めても、継立《つぎた》てに応じなければならない。各継ぎ場を合わせて助郷六百人を用意せよというような公儀御書院番の一行がそのあとに二日も続いた。助郷は出て来る日があり、来ない日がある。こうなると、人馬を雇い入れるためには夥《おびただ》しい金子《きんす》も要《い》った。そのたびに半蔵
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