起こしたのであるから、万一にも上の思し召しが変わることがあっても、万民の心が変わりさえしなければ、また武家の世の中に帰って行くようなことはない。そう説いてある。世には王政復古を名目にしてその実は諸侯が天下の政権を奪おうとするのであろうと言うものもあるが、これこそとんでもない見込み違いだ。というのは、根が草叢の中から起こったことだから、たとい諸侯がなんと思おうと、決してそんな自由になるものではない。いったい、草叢の下賤なところから事が起こったは、どういうわけかと考えて見るがいい。つまり大義名分ということは下から見上げる方がはっきりする。だから桜田事件も起これば、大和《やまと》五条の事件も起これば、筑波山《つくばさん》の事件も起こる。それから長防二州ともなれば、今度は薩長両藩ともなる。いくら幕府が厳重な処置をしても、最初に水戸の数十人を殺せば桜田前後には数百人になり、筑波の数百人を殺せば数千人になり、しまいには長防西国の数万人になって、徳川の威力では制し切れない。西の方の国の力で復古ができなければ、東からも南からも北からも起こって来る。そこだ、たとい第二の幕府があらわれて、威勢を張ったにし
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