めていた伊之助は驚きあわてて、半蔵のところへ飛んで来た。
「半蔵さん、会所のものはもうみんな逃げました。それあっちへ行った、それこっちへ行ったと言って、刀に手をかけた人たちが人足を追い回しています。あなたもわたしと一緒に逃げてください。」
これには半蔵も言葉が出なかった。彼は伊之助と手を引き合わないばかりにして、家の裏口からこっそり本陣林の方へ落ちのびた。
「いや笑止《しょうし》、笑止。」
それを言って金兵衛は上の伏見屋を飛び出す。吉左衛門は本陣の裏二階から出て見る。二人の隠居が言い合わせたように街道へ飛び出し、互いに驚いたような顔を合わせて、あちこちと見回したころは、例幣使の一行が妻籠《つまご》をさして通り過ぎたあとだった。
「はッ、はッ、はッ、は。」
吉左衛門は吉左衛門で、泣いているのか笑っているのかわからなかった。
その時になると、半蔵ももはや三十七歳である。ずっと年若な時分とちがい、彼もそれほど人を毛ぎらいしないで済んだから、木曾福島の役人衆でもだれでもつかまえて自分が世話する村方の事情を訴えることもできたし、なんのこれしきの凶年ぐらいに、という勇気も出た。木曾路に
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