けて行くものさえあらわれる。上の伏見屋の金兵衛が古稀《こき》の祝いを名目に、村じゅうへの霑《うるお》いのためとして、四俵の飯米を奮発したぐらいでは、なかなか追いつかない。余儀なく、馬籠の町内をはじめ、荒町、峠村では、ごく難渋なものへ施し米《まい》でも始めねばなるまいと言って騒いでいるほどの時だ。
そこへ「例幣使さま」だ。行く先の道中で旅館に金をねだったり、人足までもゆすったりするようなその一行は、公卿《くげ》、大僧正《だいそうじょう》をはじめ約五百人からの大集団で、例の金の御幣《ごへい》を中心に文字通りの大嵐のような勢いで、四月六日には落合泊まりで馬籠の宿場へ繰り込んで来た。どうして京都と江戸の間を一往復して少なくとも一年間は寝食いができるというような乱暴な人たちの耳に、宿駅の難渋を訴える声がはいろうはずもない。服従に服従を重ねて来た地方の人民も、こんな恐ろしい「例幣使さま」の掠奪《りゃくだつ》に対してはこれ以上の忍耐はできなかった。
「逃げろ、逃げろ。」
その声は継立《つぎた》てをしいられる会所の宿役人仲間からも、問屋場の前に集まる人足、馬力の仲間からも起こった。ちょうど会所に詰
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