る。御世《みよ》御世の天皇の御政《おんまつりごと》はやがて神の御政であった、そこにはおのずからな神の道があったと教えてある。神の道とは、道という言挙《ことあ》げさえもさらになかった自然《おのずから》だ、とも教えてある。
 この自然に帰れ、というふうに、あとから歩いて行くものに全く新しい方向をさし示したのが本居大人の『直毘の霊』だ。このよろこびを知れ、というふうに言葉の探求からはいった古代の発見をくわしく報告したものが、翁の三十余年を費やした『古事記伝』だ。直毘《なおび》(直び)とはおのずからな働きを示した古い言葉で、その力はよく直くし、よく健やかにし、よく破り、よく改めるをいう。国学者の身震いはそこから生まれて来ている。翁の言う復古は更生であり、革新である。天明寛政の年代に、早く夜明けを告げに生まれて来たような翁のさし示して見せたものこそ、まことの革命への道である。
 その考えに力を得て、半蔵は寝床の上にすわったまま、膝《ひざ》の上に手を置きながら自分で自分に言って見た。
「寿平次さんの言い草ではないが、われわれは下から見上げればこそ、こんなことを考えるのだ。」


 遷宮式のあるとい
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