》、三留野《みどの》両宿ともに格別の障《さわ》りはないとのうわさもあり、中津川辺も同様で、一向にそのうわさもない。ただ、隣宿|落合《おちあい》の被害は馬籠よりも大きかったということで、潰《つぶ》れ家およそ十四、五軒、それに死傷者まで出した。こんな暴風雨に襲われたことはこの地方でもめったにない。しかし強雨のしきりにやって来ることはその年ばかりでなく、前年から天候は不順つづきで、あんな雨の多い年はまれだと言ったくらいだ。半蔵の家で幕府の大目付《おおめつけ》山口|駿河《するが》を泊めた前あたりのころに、すでにその年の米穀は熟するだろうかと心配したくらいだった。
その前年の不作は町方一同の貯《たくわ》えに響いて来ている。田にある稲穂も奥手《おくて》の分はおおかた実らない。凶作の評判は早くも村民の間に立ち始めた。
「天明七年以来の飢饉《ききん》でも襲って来るんじゃないか。」
だれが言い出すともないようなその声は半蔵の胸を打った。社会は戦時の空気の中に包まれていて、内憂外患のうわさがこもごもいたるという時に、おまけにこの天災だ。
宿役人の集まる会所も荒れて、屋根|葺《ふ》き替えのために七
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