言ってわたしが取りつくろいましょう。名古屋までとは言わずに置きましょうわい。」
「いや、お母《っか》さんにそう言って留守を引き受けていただけば、わたしも安心して出かけられます。」と半蔵は答えた。「わたしは黙って家を出るようなことはしません。庄屋には庄屋の道もあろうと考えますし、黙って家を飛び出して行くくらいなら、もともと何もそんなに心配することはなかったんです。」
半蔵が行こうとしている名古屋の方には、京大坂の事情を探るに好都合な種々の手がかりがあった。木曾は尾州領である関係から、馬籠の本陣問屋を兼ねた彼の家は何かにつけて藩との交渉も多い。父吉左衛門は多年尾州公のお勝手元《かってもと》に尽力した縁故から、永代苗字帯刀《えいたいみょうじたいとう》を許されたり、領主に謁見することをすら許されたりしている。この便宜に加えて、藩の勘定奉行《かんじょうぶぎょう》、材木奉行、作事奉行なぞは毎年街道を下って来るたびに、必ず彼の家に休息するか宿泊するかの人たちであるばかりでなく、名古屋の家中衆のなかには平田門人らが志を認めている人もすくなくない。藩黌《はんこう》明倫堂《めいりんどう》の学則が改正
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