さとくそれをききつけて、清助や下女に知らせるのもこの娘だ。
「お手が鳴りますよ。」
 本陣ではこの調子だ。
 その夕方に、半蔵は木曾福島の役所から呼ばれた用を済まし、野尻《のじり》泊まりで村へ帰って来た。家に泊まり客のあることも彼はその時に知った。諸大名や諸公役が通行のたびに休泊の室《へや》にあててある奥の上段の間には、幕府の大目付で外交奉行を兼ねた人が微行の姿でやって来ていて、山家の酒をあつらえるなぞの旅らしい時を送っていることをも知った。
 翌朝になって見ると、客人はなかなか起きない。暁から降り出した雨が客人のからだから疲労を引き出したかして、ようやく昼近くなって、上段の間の雨戸を繰らせる音がする。家来の衆までがっかりした顔つきで、雨を冒しても予定の宿へ出発するような様子がない。半蔵が挨拶《あいさつ》に行って見たころは、駿河《するが》は上段の間から薄縁《うすべり》の敷いてある廊下に出て、部屋《へや》の柱に倚《よ》りかかりながら坪庭《つぼにわ》へ来る雨を見ていた。石を載せた板屋根、色づいた葉の残った柿《かき》の梢《こずえ》なぞの木曾路らしいものは、その北側の廊下の位置からは望まれない
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