す。こんな山の中で、なんにもおかまいはできません。どうぞごゆっくりとなすってください。」
 と清助は言って、主《おも》な客人を一番奥の方の上段の間へ案内した。二人の家来には次ぎの奥の間を、供の男には表玄関に近い部屋をあてがった。
 木曾では鳥屋《とや》の小鳥も捕《と》れ、茸《きのこ》の種類も多くあるころで、旅人をもてなすには最もよい季節を迎えていた。清助は奥の部屋と囲炉裏《いろり》ばたの間を往《い》ったり来たりして、二人の下女を相手に働いているお民のそばへ来てからも、風呂《ふろ》の用意から夕飯として出す客膳《きゃくぜん》の献立《こんだて》まで相談する。お平《ひら》には新芋《しんいも》に黄な柚子《ゆず》を添え、椀《わん》はしめじ茸《たけ》と豆腐の露《つゆ》にすることから、いくら山家でも花玉子に鮹《たこ》ぐらいは皿《さら》に盛り、それに木曾名物の鶫《つぐみ》の二羽も焼いて出すことまで、その辺は清助も心得たものだ。お民のそばにいる二人の子供はまためずらしい客でもあるごとに着物を着かえさせられるのを楽しみにした。その中でも、姉のお粂《くめ》はすでに十歳にもなる。奥の方で客の呼ぶ声でもすると、耳
前へ 次へ
全434ページ中322ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング