十七日以後のこともすこしは存じておりますが、十九日にも七十六人、二十三日も十六人が打ち首になりました。」
「とうとう、あの亀山も武田耕雲斎や藤田小四郎なぞと死生を共にしたか。」
半蔵はお民と顔を見合わせた。
おまんをはじめ、清助から下男の佐吉までが水戸浪士のことを聞こうとして、諏訪の百姓の周囲に集まって来た。この本陣に働くものはいずれも前の年十一月の雨の降った日の恐ろしかった思いを噛《か》み返して見るというふうで。
順序もなく降蔵が語り出したところによると、美濃《みの》から越前《えちぜん》へ越えるいくつかの難場のうち、最も浪士一行の困難をきわめたのは国境の蝿帽子峠《はえぼうしとうげ》へかかった時であったという。毎日雪は降り続き、馬もそこで多分に捨て置いた。荷物は浪士ら各自に背負い、降蔵も鉄砲の玉のはいった葛籠《つづら》を負わせられたが、まことに重荷で難渋した。極々《ごくごく》の難所で、木の枝に取りついたり、岩の間をつたったりして、ようやく峠を越えることができた。その辺の五か村は焼き払われていて、人家もない。よんどころなく野陣を張って焼け跡で一夜を明かした。兵糧は不足する、雪中の寒
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