ばかりじゃありますまい。あれから総督の田沼|玄蕃頭《げんばのかみ》が浪士の跡を追って来るというので、またこちらじゃ一騒ぎでしたよ。御同勢千人あまり、残らず軍《いくさ》の陣立てで、剣付鉄砲を一|挺《ちょう》ずつ用意しまして、浪士の立った翌日には伊那道の広瀬村泊まりで追って来るなぞといううわさでしょう。御承知のとおり、宅では浪士の宿をしましたから、どういうことになろうかと思って、ひどく心配しました。あの翌々日には、お先荷の長持だけはまいりましたが、とうとう田沼侯の御同勢はまいりませんでした。あの時ばかりはわたしもホッとしましたよ。聞けば飯田藩じゃ、御家老が切腹したといううわさじゃありませんか。おまけに、清内路の御関所番までも……」
吉左衛門は年老いた手を膝《ひざ》の上に置いて、深いため息をついた。
父が席を避けて行った後、半蔵は水戸浪士の幹部の人たちから礼ごころに贈られたものを二人の友だちの前に取り出した。武田、田丸、山国、藤田諸将の書いた詩歌の短冊《たんざく》、小桜縅《こざくらおどし》の甲冑片袖《かっちゅうかたそで》、そのほかに小荷駄掛りの亀山嘉治《かめやまよしはる》が特に半蔵のもと
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