とうど》の予譲《よじょう》を想《おも》わせるようなはげしい水戸人の気性《きしょう》がその紙の上におどっていた。しかも、二十三、四歳の青年とは思われないような老成な筆蹟《ひっせき》で。
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大丈夫当雄飛《だいじょうふまさにゆうひすべし》安雌伏《いずくんぞしふくせんや》
[#地から2字上げ]藤田信
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「そう言えば、浪士もどの辺まで行きましたろう。」
景蔵らと稲葉屋親子の間にはそんなうわさも出る。
その後の浪士らが美濃を通り過ぎて越前《えちぜん》の国まではいったことはわかっていた。しかしそれから先の消息は判然《はっきり》しない。中津川や落合へ飛脚が持って来る情報によると、十一月二十七日に中津川を出立した浪士らは加納藩《かのうはん》や大垣藩《おおがきはん》との衝突を避け、本曾街道の赤坂、垂井《たるい》あたりの要処には彦根藩《ひこねはん》の出兵があると聞いて、あれから道を西北方に転じ、長良川《ながらがわ》を渡ったものらしい。師走《しわす》の四日か五日ごろにはすでに美濃と越前の国境《くにざかい》にあたる蝿帽子峠《はえぼうしとうげ》の険路を越えて行った
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